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http://d.hatena.ne.jp/d1021/


──グーグルの研究部門は、どういう体制でどういった研究をしているのですか?

 グーグルは様々な事業を展開しており、各分野に技術開発の担当者がいます。一般ユーザー向けの技術もあれば、広告のための技術開発も含まれます。企業規模は非常に大きく成長しましたが、私たちがやることはスタートアップ企業と同じで、社員一人一人が新しい製品を開発し、既存の製品をより良くしていくことに使命を懸けていることは変わりありません。

 会社によっては純粋な研究を行うリサーチ部門と、それを引き継いで製品化を行う開発部門が分かれている組織もあると思います。グーグルはそういう分け方をしていません。リサーチから製品化まで全てが一本化されています。

 例えば、機械翻訳音声認識はもともと研究部門のプロジェクトとしてスタートしました。実際にユーザーへ提供できる段階になった時、プロジェクトチーム内の技術者の数を増やして実際の製品化まで持っていったのですが、当初の研究者はプロトタイプから製品化まで一貫して担当していました。

──研究の初期は何らかの目的があり、研究するうちに当初と異なる製品に派生することもあるのですか?

 その通りで、非常に柔軟性あるアプローチをとっています。研究者の仕事には未来予測も織り交ぜられています。年初に自分の目的を掲げて、それに向けて研究活動を進めていきますが、途中で「こういうことをやりたい」というひらめきがあった場合には、当初考えていたことをやめて、違う方向に進めていくことがよくあります。

 グーグルの組織は、オープンであることがとても重要だと思っています。グーグル設立当初は毎週金曜日に全社員が出席する会議があり、その場で営業担当の副社長が「この案件は受注したが、こちらは失注してしまった。失注した理由は、お客様が必要としているものを我々が提供できなかったからだ」という説明も行っていました。

 会議を受けて、翌週の月曜にエンジニアが副社長のところに行き、「お客様が必要だと言っていたけれど提供できなかったものを作りました。必要だと思わなかったので我々は製品化していなかったのだけど、作っちゃったのでこれからは提供できますよ」というやり取りをよく行っていました。

──ひらめきで新しい技術を開発するというあたりは、まさに「エンジニアの会社」という印象を受けますね。

 創業者のセルゲイ・ブリンラリー・ペイジが「エンジニアリングの会社」として起業したままに、グーグルは育っています。研究部門で働いている社員は、大多数がコンピューターサイエンスの博士号を取得している人たちですが、学歴以上に全員の共通項は「何かを創っていくことに対して探究心がある」「机に座って理論をこねくり回すのではなく、実際に何かを創りだすことに興味を持っている」ということです。

 一般の企業の研究部門に比べ、グーグルでは消費者に極めて身近なところで仕事ができるし、自分の成果を即時に10億人のユーザーが使ってくれるので達成感を直接的に受けることができるのです。

 この会社はエンジニアが経営している会社だという自負がありますので、社内の全員がわれわれの仕事を理解してくれて非常に仕事がしやすい環境で働くことができると思います。これには好循環があり、優秀なエンジニアや研究者がグーグルで仕事をしたいと思うと、また優秀な人たちを惹きつけるという相乗効果をもたらしています。

──ご専門のAIについて伺います。AIは現在、第三次ブームの段階だと言われています。1940年代頃に始まった第一次AIブームの波から2000年代後半の第二の波、現在の三次の波まで何が変わったのですか?

 まず、第一のブームは、数字だけでなくコンピュータにありとあらゆることをさせようというところからスタートしました。コンピュータにロジック(理論)を与え、それをもとに判断を下させることを目指していました。

 ただ、このアプローチには二つの欠点がありました。

 一つは、コンピュータが判断を下すためには、人間であるエンジニアがルールを作成しなければいけないのですが、ルールは無数にあり、エンジニアが定義できるルールは有限なものであって、これでは事足りないという問題です。

 それから、もう一つは、この世の中は白黒はっきりしているものばかりではありません。真か偽かという二極の分け方で全てを判断することはできないという問題です。

 第二のブームは、最初のブームの間違いを正そうとする試みでした。ここでも、あくまでロジックをベースに判断を下そうとしました。ただし、修正点として、ロジックに全面的に頼るのではなく、不確実性に対処するためには確率論を導入しました。さらに、ルールを定義してそれを元に判断を下す、というよりも様々な事例を機械に与え、そこから学習させるというアプローチをとるようになりました。

 現在の第三の波では、今までのAIの手法を多く使ってはいますが、使えるデータ量が加速度的に増えたという大きな進歩があります。インターネットの普及によってあらゆるものがつながり、使用できるデータの量が莫大に増えました。コンピュータの処理速度が上がったことによってデータを使った演算も高速になりました。

──AI研究とは、人間がイメージできない未知の問題に取り組むのではなく、今あるものの精度を上げるという段階なのですか?

 そういう見方をしていただければよいと思います。まだまだ研究者がAIを向上していく余地は残されています。変化の度合い、向上のペースは速くなっていますが。

──AIは人間の想像を超えた答え・選択肢を与えてくれる存在ではないのですか?

 それよりもむしろ、もっと最適化していく存在です。人間が一人ではあるところまでの判断で限界だったとして、AIを使うことにより最適の状況を実現することを目指しています。

──SFの世界では、人間の知性を超えるAIが登場し、人類史に断裂を引き起こす「シンギュラリティ(技術的特異点)」という概念がありますが、それはどんなものだと思われますか?また、その時期が2045年だといった説もありますがどう思われますか?

 まず、シンギュラリティ自体を信じるか、信じないか。シンギュラリティが意味するのは「無限に進歩が続き、向上が永遠に右肩上がりに続く」ということを示唆しています。しかし、物事というのは進歩して改善しても、あるところにくるとどうしても横ばい状態にならざるを得ないという状況があります。永遠に無限に進歩が続くというのは、やはり無理であり、必ず限界があると私は思います。

 人によっては「インテリジェンス(知能、知性)」に対してあまりにも信頼を寄せすぎているのではないかと思います。たしかに、そもそも人類=ホモサピエンスとは、「考えるのが好きだ」という人間本来の性を表している言葉だと思うのですが、あまりにもインテリジェンスに重きを置きすぎるのはいかがなものかと思います。それだけが全てではないと私は思います。

 例えば、とても賢いコンピュータに「碁で、人間に勝て」と言ったらそれはできるかもしれません。しかし、どんなにインテリジェンスのレベルが高いコンピュータであろうと、「今の中東情勢を解決する施策を出せ」と言って何らかの答えを出したとしても、逆に人間の社会は大混乱に陥ってしまうのではないかと思います。

 人間が認識しておかなければならないのは、こういったモノは人間が使えるツールであって、われわれがやってきたことにとって代わる、完全に代替するものではないということです。

 例えば、100年前には、「カリフォルニアから日本に10時間以内に移動する手段」は不可能という結論でしたが、今や、それに関してはシンギュラリティは達成されています。でも、人間の限界を超える輸送手段は登場しましたが、人間の生き方や生活の他の側面にこれが影響を与えているわけではありません。ですからシンギュラリティについても、「特定の課題は解決するが万能ではない」という捉え方ができると思います。

――人間でないと創り出せない分野というのは残り続けるということですね?

 人間の価値というのは変わりませんし、人間の役どころは、中身は変わっても必ずあります。ただ、人間が新しいツールを使えるようになることで、仕事の内容が今とは変わることもあるかもしれませんし、仕事のやり方も変わっていくと思います。

 私自身、AIの登場によって仕事が奪われると、戦々恐々としている人々の思いは分かります。というのは、今ある仕事が失われるというのは想像に難くないのですが、今存在しない仕事がどういったかたちで出てくるのかというのは想像するのが非常に難しいことです。心配になるのもよく分かります。

 ただ、明るい考え方もできます。例えば銀行業を思い浮かべてください。昔は行員が札束を広げてお金を数えていました。しかし、今はお札を機械に入れれば自動的に計算することができます。だからといって行員数が昔と比べて減ったかというとそうではなくて、むしろ昔よりも増えています。なぜなら昔は必要なかった業務、例えばローンの信用審査など機械ができない仕事があるからです。今までなかった仕事で必要な仕事が創られたからこそ、人間の社員が必要になっているのです。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20170316#1489661458
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20170308#1488969583

#AI#原罪