読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる
http://d.hatena.ne.jp/d1021/


──グーグルの研究部門は、どういう体制でどういった研究をしているのですか?

 グーグルは様々な事業を展開しており、各分野に技術開発の担当者がいます。一般ユーザー向けの技術もあれば、広告のための技術開発も含まれます。企業規模は非常に大きく成長しましたが、私たちがやることはスタートアップ企業と同じで、社員一人一人が新しい製品を開発し、既存の製品をより良くしていくことに使命を懸けていることは変わりありません。

 会社によっては純粋な研究を行うリサーチ部門と、それを引き継いで製品化を行う開発部門が分かれている組織もあると思います。グーグルはそういう分け方をしていません。リサーチから製品化まで全てが一本化されています。

 例えば、機械翻訳音声認識はもともと研究部門のプロジェクトとしてスタートしました。実際にユーザーへ提供できる段階になった時、プロジェクトチーム内の技術者の数を増やして実際の製品化まで持っていったのですが、当初の研究者はプロトタイプから製品化まで一貫して担当していました。

──研究の初期は何らかの目的があり、研究するうちに当初と異なる製品に派生することもあるのですか?

 その通りで、非常に柔軟性あるアプローチをとっています。研究者の仕事には未来予測も織り交ぜられています。年初に自分の目的を掲げて、それに向けて研究活動を進めていきますが、途中で「こういうことをやりたい」というひらめきがあった場合には、当初考えていたことをやめて、違う方向に進めていくことがよくあります。

 グーグルの組織は、オープンであることがとても重要だと思っています。グーグル設立当初は毎週金曜日に全社員が出席する会議があり、その場で営業担当の副社長が「この案件は受注したが、こちらは失注してしまった。失注した理由は、お客様が必要としているものを我々が提供できなかったからだ」という説明も行っていました。

 会議を受けて、翌週の月曜にエンジニアが副社長のところに行き、「お客様が必要だと言っていたけれど提供できなかったものを作りました。必要だと思わなかったので我々は製品化していなかったのだけど、作っちゃったのでこれからは提供できますよ」というやり取りをよく行っていました。

──ひらめきで新しい技術を開発するというあたりは、まさに「エンジニアの会社」という印象を受けますね。

 創業者のセルゲイ・ブリンラリー・ペイジが「エンジニアリングの会社」として起業したままに、グーグルは育っています。研究部門で働いている社員は、大多数がコンピューターサイエンスの博士号を取得している人たちですが、学歴以上に全員の共通項は「何かを創っていくことに対して探究心がある」「机に座って理論をこねくり回すのではなく、実際に何かを創りだすことに興味を持っている」ということです。

 一般の企業の研究部門に比べ、グーグルでは消費者に極めて身近なところで仕事ができるし、自分の成果を即時に10億人のユーザーが使ってくれるので達成感を直接的に受けることができるのです。

 この会社はエンジニアが経営している会社だという自負がありますので、社内の全員がわれわれの仕事を理解してくれて非常に仕事がしやすい環境で働くことができると思います。これには好循環があり、優秀なエンジニアや研究者がグーグルで仕事をしたいと思うと、また優秀な人たちを惹きつけるという相乗効果をもたらしています。

──ご専門のAIについて伺います。AIは現在、第三次ブームの段階だと言われています。1940年代頃に始まった第一次AIブームの波から2000年代後半の第二の波、現在の三次の波まで何が変わったのですか?

 まず、第一のブームは、数字だけでなくコンピュータにありとあらゆることをさせようというところからスタートしました。コンピュータにロジック(理論)を与え、それをもとに判断を下させることを目指していました。

 ただ、このアプローチには二つの欠点がありました。

 一つは、コンピュータが判断を下すためには、人間であるエンジニアがルールを作成しなければいけないのですが、ルールは無数にあり、エンジニアが定義できるルールは有限なものであって、これでは事足りないという問題です。

 それから、もう一つは、この世の中は白黒はっきりしているものばかりではありません。真か偽かという二極の分け方で全てを判断することはできないという問題です。

 第二のブームは、最初のブームの間違いを正そうとする試みでした。ここでも、あくまでロジックをベースに判断を下そうとしました。ただし、修正点として、ロジックに全面的に頼るのではなく、不確実性に対処するためには確率論を導入しました。さらに、ルールを定義してそれを元に判断を下す、というよりも様々な事例を機械に与え、そこから学習させるというアプローチをとるようになりました。

 現在の第三の波では、今までのAIの手法を多く使ってはいますが、使えるデータ量が加速度的に増えたという大きな進歩があります。インターネットの普及によってあらゆるものがつながり、使用できるデータの量が莫大に増えました。コンピュータの処理速度が上がったことによってデータを使った演算も高速になりました。

──AI研究とは、人間がイメージできない未知の問題に取り組むのではなく、今あるものの精度を上げるという段階なのですか?

 そういう見方をしていただければよいと思います。まだまだ研究者がAIを向上していく余地は残されています。変化の度合い、向上のペースは速くなっていますが。

──AIは人間の想像を超えた答え・選択肢を与えてくれる存在ではないのですか?

 それよりもむしろ、もっと最適化していく存在です。人間が一人ではあるところまでの判断で限界だったとして、AIを使うことにより最適の状況を実現することを目指しています。

──SFの世界では、人間の知性を超えるAIが登場し、人類史に断裂を引き起こす「シンギュラリティ(技術的特異点)」という概念がありますが、それはどんなものだと思われますか?また、その時期が2045年だといった説もありますがどう思われますか?

 まず、シンギュラリティ自体を信じるか、信じないか。シンギュラリティが意味するのは「無限に進歩が続き、向上が永遠に右肩上がりに続く」ということを示唆しています。しかし、物事というのは進歩して改善しても、あるところにくるとどうしても横ばい状態にならざるを得ないという状況があります。永遠に無限に進歩が続くというのは、やはり無理であり、必ず限界があると私は思います。

 人によっては「インテリジェンス(知能、知性)」に対してあまりにも信頼を寄せすぎているのではないかと思います。たしかに、そもそも人類=ホモサピエンスとは、「考えるのが好きだ」という人間本来の性を表している言葉だと思うのですが、あまりにもインテリジェンスに重きを置きすぎるのはいかがなものかと思います。それだけが全てではないと私は思います。

 例えば、とても賢いコンピュータに「碁で、人間に勝て」と言ったらそれはできるかもしれません。しかし、どんなにインテリジェンスのレベルが高いコンピュータであろうと、「今の中東情勢を解決する施策を出せ」と言って何らかの答えを出したとしても、逆に人間の社会は大混乱に陥ってしまうのではないかと思います。

 人間が認識しておかなければならないのは、こういったモノは人間が使えるツールであって、われわれがやってきたことにとって代わる、完全に代替するものではないということです。

 例えば、100年前には、「カリフォルニアから日本に10時間以内に移動する手段」は不可能という結論でしたが、今や、それに関してはシンギュラリティは達成されています。でも、人間の限界を超える輸送手段は登場しましたが、人間の生き方や生活の他の側面にこれが影響を与えているわけではありません。ですからシンギュラリティについても、「特定の課題は解決するが万能ではない」という捉え方ができると思います。

――人間でないと創り出せない分野というのは残り続けるということですね?

 人間の価値というのは変わりませんし、人間の役どころは、中身は変わっても必ずあります。ただ、人間が新しいツールを使えるようになることで、仕事の内容が今とは変わることもあるかもしれませんし、仕事のやり方も変わっていくと思います。

 私自身、AIの登場によって仕事が奪われると、戦々恐々としている人々の思いは分かります。というのは、今ある仕事が失われるというのは想像に難くないのですが、今存在しない仕事がどういったかたちで出てくるのかというのは想像するのが非常に難しいことです。心配になるのもよく分かります。

 ただ、明るい考え方もできます。例えば銀行業を思い浮かべてください。昔は行員が札束を広げてお金を数えていました。しかし、今はお札を機械に入れれば自動的に計算することができます。だからといって行員数が昔と比べて減ったかというとそうではなくて、むしろ昔よりも増えています。なぜなら昔は必要なかった業務、例えばローンの信用審査など機械ができない仕事があるからです。今までなかった仕事で必要な仕事が創られたからこそ、人間の社員が必要になっているのです。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20170316#1489661458
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20170308#1488969583

#AI#原罪


著名投資家のウォーレン・バフェット氏はカルト的な崇拝の対象になっている。投資会社バークシャー・ハザウェイ(BRKa.N)の会長を務める86歳のバフェット氏は、膨大な投資リターンと処世訓、そして米国を応援し続ける姿勢によって尊敬を集めてきた。

だが、このオマハの賢人は、称賛と同じ程度に批判の対象ともなるべき人物だ。


歳月を経て、バフェット氏の輝かしい名声に少し陰りが出ている。2つの理由から、それも無理からぬ話だろう。

第1に、バークシャー時価総額は4200億ドル(約47兆9300億円)まで膨らんでいるが、これに匹敵するほど印象的な投資リターンを維持する能力がないのは、どれほどユーモアたっぷりに自嘲してみせても隠せるものではない。

バフェット氏を中心とする小人数のチームは依然として優秀かもしれないが、彼らの奇跡の日々は終わっている。

2002年の時点で、バークシャー普通株の総利回りは、過去10年間にわたって年20%だった。S&P500に比べて10.6ポイントも高い、驚くべき数字だ。ただ2016年には、その差は1.3ポイントまで縮んだ。アクティブ運用するファンドマネジャーの大半に比べてはるかによい数字だが、バフェット氏の言葉を神のお告げのように扱うには十分ではない。

第2に、投資リターンが低下する一方で、バフェット氏の偽善ぶりは増大している。彼はデリバティブ商品を「金融市場の大量破壊兵器」と呼んでいるにもかかわらず、自身はデリバティブ市場での取引を続けている。

もっと重大なのは、バークシャーが株式の27%を保有する米食品大手クラフト・ハインツ(KHC.O)のブラジル人経営者たちの焼き畑的な経営スタイルを支持していることだ。これは、長期的な視点で投資する慎重な経営者を支援するという、バークシャーが築いた長年の評判を裏切るものだ。

ただ「バフェット信仰」の最大の問題は今に始まったことではない。そもそもの最初から、彼の関心は市場を上回る投資成績をあげることに集中しており、経済にはほとんど貢献していない。金融資本主義にとってはお粗末なモデルなのだ。

金融がなぜ経済の役に立つのかをエコノミストが説明しようとする場合、彼らが強調するのは、新規資本の重要性だ。企業は新製品開発や新工場建設、あるいは新規サービス提供のために、銀行から融資された、あるいは株主が投資した資金を使うことができる。投資の主要な源泉は既存事業からの留保利益だが、金融システムは、これを補完する重要な役割を果たすとされている。

こうした説明において金融に好意的なエコノミストが対処しなければならないのは、金融市場における活動の大半は、新たな生産資本の調達にはほとんど役に立っていないという不都合な現実である。特に確立された企業の株式をめぐる取引は、経済全体にとって新たな、もしくは価値のあるものを何一つ生み出すことはない。

こうした活動は実際、投資家にとって流動性を提供しており、簡単に株を売却できるなら、ひょっとしたら投資家はもっと多くの資本を提供する気になるかもしれない。あるいは、経営陣にプレッシャーをかける外部投資家の存在は、若干の価値があるのかもしれない。

だがこれらは、ゼロサム・ゲームを称賛する理由としては、いかにも根拠薄弱である。ある投資家が市場を1ポイント上回れば、誰か別の投資家が同じ1ポイントだけ下回ってしまう。経済にとって、これでは差し引きゼロである。

バフェット氏が非常に巧みにやってきたのは、まさにこのようなゲームだ。同氏は株主向けの最新の書簡のなかで、バークシャーが株式を永遠に保有し続ける意図をもっているというのは誤解であるとして、これを一掃しようと試みているものの、彼の投資戦術は、安値で買った株を大半の場合は保有し続けるというものだ。

バフェット氏はこれまでうまくチャンスを見つけてきたし、恐らく今でもそれは変わらない。だが、同氏にとっての相対的な利益は、必然的に他の投資家の相対的な損失なのである。

バフェット氏の名誉のために言っておくならば、彼はバークシャー保有・支援する企業に圧力をかけて、可能な限り利益を搾り取るような真似はしてこなかった。同氏の不干渉主義のおかげで、他のプライベートエクイティ会社が容認する水準以上の比率で利益を投資に回すことのできた企業もあったかもしれない。

バフェット氏は25日に送付した公式書簡のなかで、バークシャーは「ドルベースの留保利益では米国企業のなかで首位」であると自慢している。昨年、彼の企業グループは約130億ドルもの資金を企業の設備投資に投じているが、それでも2015年に比べて5分の1近く減っている。

だが、バフェット氏が好むタイプの企業は、社会経済構造に恩恵をもたらすのと同じくらい、害悪をもたらす可能性がある。彼が好む企業は、価格決定力があるか、緩やかな規制のもとに置かれており、急速に変化するテクノロジーや移ろいやすい関心といった大きなリスクを取る必要のない企業である。つまり、彼が好むのは、非効率な市場で活動する効率的な企業なのだ。

その典型的な例が、クラフト・ハインツがバークシャーの手厚い支援のもとで進めたものの失敗に終わった、英蘭系日用品大手ユニリーバ(ULVR.L) (UNc.AS)買収の一件である。

買収に名乗りを上げたクラフト・ハインツは、買収価格を大幅に上回るコスト削減を予定していた。ユニリーバ―が慎重に築いてきた「開発途上国に優しく健康的な生活を支える企業」というイメージを、仮にクラフト・ハインツ側が維持したいと思っていたとしても、利益の最大の部分は投資家のポケットに入ることになっただろう。顧客は、優先リストの最下部に追いやられていくことになったはずだ。

バークシャーも、ときには新規資本を提供してきた。特にそれが顕著だったのは金融危機の時期だ。同社はゴールドマン・サックス(GS.N)や、ゼネラル・エレクトリック(GE)(GE.N)、バンク・オブ・アメリカ(BAC.N)から、法外ではないにせよ、非常に有利な条件を引き出した。

だが、後になって巨額の利益が得られたのは、米連邦準備理事会(FRB)と米国の納税者が、金融システムを自壊から救うために渋々ながら資金を出したからである。バフェット氏は米国の「経済ダイナミズム」を「奇跡的」と表現するが、彼自身は英雄的に振る舞うというよりは暴利を貪っているようにも見える。

投資家のあいだでの「バフェット信仰」は、彼が経済を支えているからではなく、市場との勝負に勝っているということに基づいている。

投資の社会的重要性が、たとえばサッカーと大差ないのであれば、こうした熱狂にも害はあるまい。しかし昨今では、成長の促進よりも内部関係者の富の蓄積に貢献するようなシステムに対して、ポピュリスト的な怒りが高まっている。もはやゲームを楽しんでいるときではない。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20170303#1488537956
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20170227#1488192743

築地市場豊洲への移転を決断した石原元知事は3日午後、日本記者クラブで記者会見を開きました。

この中で、石原元知事は記者会見を開いた理由について、「百条委員会に呼ばれ、そこまで待てない心境だ。座して死を待つことはできません」と述べ、今月20日に証人として呼ばれる百条委員会を前に、自身の見解を明らかにしたかったという考えを示しました。

そのうえで、築地市場豊洲への移転について、「都知事に就任して早々に既定の路線であるような話を副知事から聞いた」として、最終的な決断はみずからが行ったものの、都知事就任前から豊洲への市場の移転は、おおむね決まっていたという認識を示しました。

そして、みずからの責任を問われたことに対し、「担当各局や専門家、議会の委員会も含めて論議して決めたことで任せるしかない。総意として上がってきたことを認めただけだ。私だけに責任がある訳ではない」と述べ、責任の所在は自分1人だけではなく、都の担当局や都議会にもあるという考えを示しました。

また、豊洲市場で土壌汚染が判明した際、移転についての判断を踏みとどまらなかったのかと問われたのに対し、「専門家の検討会に一任するしかなかった。確か、当時の知事本局長が裁可を上申してきて、私がどうなのかと問うと『今の技術を持ってすれば大丈夫だ』ということだった」と述べ、対策を取れば、土壌汚染の問題は解消できるという認識だったと振り返りました。

さらに、「やることをやらないで、生殺しにしてほったらかして、ランニングコストにべらぼうなお金がかかる。混迷への責任は小池知事にある」と述べ、去年11月の築地市場の移転を延期したことで、市場業者に損害が発生していることや、豊洲市場の維持管理費などがかさんでいることなどに対し、小池知事の対応を批判しました。

会見では平成23年3月、東京ガスと結んだ土地の売買契約の中で、土壌汚染対策の費用について、東京ガスの負担額の上限が78億円とされ、それ以上の負担を東京都が求めないとする協定書を交わした際、指摘されている、いわゆる瑕疵(かし)担保責任の放棄をめぐって質問が相次ぎました。

これについて、石原元知事は去年10月に小池知事から出された質問に対する文書の回答で、「判断を求められたことがないので、全くわからない」とし、土地の価格の妥当性については「ずいぶん高い買い物をしたと思うが、私に判断を求められることがなかったから、わからない」と答えていました。

会見の中で、当時の売買契約について石原元知事は「契約書に、はんこを押した覚えがない。契約内容はあとから知った。瑕疵担保責任が放棄されていたことは、東京都側から去年、質問を受けたことで知った。この問題は専門的すぎて東京ガスと交渉した担当者に任せるしかなかった」と述べ、契約の詳細な内容を知らなかったという認識を改めて示しました。

その一方で、石原元知事は3日公表した書面の中では土壌汚染対策費用の扱いについて、「売買契約以前に、東京ガスが当時の法令に従って必要な土壌汚染対策を実施済みであり、東京都はそれを検査・確認していた。その範囲を超えて、法令が要求する水準以上の安心のための土壌汚染対策については、東京都が相当程度の費用負担をすることも十分ありえることだと思う」と述べています。

記者会見では石原元知事の見解が代読されました。

この中で、石原元知事は豊洲市場への移転の経緯について、知事在任中に移転に向けた手続きが大きく進んだことは認める一方、「築地市場の操業を止めずに、現地再整備することが極めて困難で、暗礁に乗り上げたために、移転やむなしとなった。その後、私が都知事に就任して早々に、豊洲への移転は既定の路線であるような話を担当の福永副知事から聞いた」としています。

また、東京ガスとの土地取得交渉のいきさつについては、「担当だった浜渦元副知事から逐一報告は受けておらず、詳細はわからない」としていて、売買契約の中で土壌汚染対策の費用について、東京ガスの負担額の上限を78億円として、それ以上の負担を求めないとする協定書をかわしたことについても、「詳細な契約文言について法律的判断をする知見はなく、具体的な記憶はない」としています。

さらに、豊洲市場の土壌汚染対策や建物の下に盛り土が行われなかった、いきさつについては、「豊洲移転についての報告の中で、土壌汚染に言及されたことは何度もあったと思うが、基本的には日本の技術で処理可能であると説明を受けていたと認識している。建物の下に盛り土が行われなかった経緯については、何も記憶がない」としています。

石原元知事は3日昼前、報道陣が会見を前にした心境を聞いたのに対し、「果たし合いに出かける昔の侍の気持ち」と述べました。

記者会見を終えた石原元知事は報道陣が「果たし合いはどうだったか」と聞くと、「五分五分だった」と答え、そのうえで「説明はよくできました」と述べました。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20170303#1488537945

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20170301#1488366373

#ロン・ポール

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20170301#1488366372


●米国は核能力を拡大すべきとする12月のツイートについて

「われわれは核兵器能力において遅れを取っている。私は核のない世界を誰よりも見たいと思っている人間だ。しかし、それが友好国であっても、他国に劣るつもりは決してない。核兵器で後れを取ることは決してない。

確かに私はそうツイートした。核兵器をどこの国も持たなければ素晴らしいし、それが理想だ。だが各国が核兵器を持とうとするなら、われわれはその頂点に立つ」

●ロシアと締結した新戦略兵器削減条約(新START)について

「われわれが結んでいる他の協定と同じく、一方的な協定だ。決して許すべきではないことを与えてしまった。米国が行ったまずい協定の一つだ。

親STARTも、イランとの核合意も、かつて米国が結んだなかでひどい協定の1つだ。われわれの国はひどい協定しか結んでいない。良い協定を結んでいない。従って、私たちは良い協定を作り始める」

●ロシアが中距離核戦力全廃条約に違反して、巡航ミサイルを配備したことについて

「私にとってこれは大きな問題だ。(ロシアのプーチン大統領に)会ったら、これを取り上げる。この問題は大きい。なぜならわれわれが結んでいる条約に違反しているからだ」

南シナ海における中国の軍事活動について

「中国と北朝鮮、そして他の国々の間で何が起きているのか、私は正確に把握している。しかし私は新聞で軍事戦略を語るのは好きではない。オバマ政権ではあったことだが、トランプ政権ではない。

許されるべきではなかったことがたくさん起きた。その一つが、南シナ海での大規模な軍事施設の建造だ。私が大統領に就任してからまだ4週間しかたっていないことを忘れないでほしい。これは3年前に始まったことで、当時の方がもっと有利に交渉できる立場にあった。そのことには不満がある」

●中国が為替操作をしているとみられることについて

「私は彼ら(中国)を為替操作のグランド・チャンピオンだと考えている。私は持論を引っ込めてはいない。どうなるかは今後分かる」

●中国が北朝鮮からの石炭輸入を禁止したことについて

「われわれはそれを評価している。(中国の)習近平国家主席との電話会談は非常に、非常に良いものだった。それは第一歩となる。

しかし世界は北朝鮮と、非常に危険で、とても大きな問題を抱えている。中国は北朝鮮に対し、この上ない影響力を持っていると思う。それを認めるかどうかは中国次第だが、この上ない影響力を持っている。中国にその意思があれば、この問題は非常に簡単に解決できると私は考えている」

北朝鮮のミサイル開発について

「非常に危険であり、何年も前に対処されるべきだった。とても危険なだけでなく、非常に受け入れがたい。そして日本にとっては、とても不当な状況だ」

●日本と韓国のミサイル防衛システムを加速する協議について

「それ以上の話をしている。今後何が起きるか分かるだろう。しかし非常に危険な状況だ。私の考えでは、中国がそれをいとも簡単に終わらせることができる。ミサイル防衛は対処し得る多くの問題の1つだ」

北朝鮮金正恩朝鮮労働党委員長と会談する可能性について

「私は決してノーとは言わない。まだかなり先になるのではないか。現在の状況からすれば、まだ当分先のことだ。われわれは彼がしたことに非常に怒りを覚えている。オバマ政権で対処すべきだったというのが私の率直な意見だ」

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20170224#1487933854


大阪の45歳の被告が窃盗などの罪に問われた事件では、警察が被告や仲間の車にGPS端末を取りつけて居場所を把握していましたが、裁判所の令状を取らずに実行していたため、違法かどうかが争われています。

1審は「対象者のプライバシーが大きく侵害されるので強制捜査にあたり、令状なしで行ったのは違法だ」と判断しましたが、2審は強制捜査かどうかは判断せず、「重大な違法はない」として弁護側の主張を退けていました。

これについて、最高裁判所の15人の裁判官全員が参加する大法廷で弁論が開かれ、弁護側は、裁判所のチェックを受けていないので違法で、新たな法律を整備すべきだと訴えました。一方、検察は「車は公衆の目にさらされているのでプライバシーの保護の必要性は高くない」として裁判所の令状は必要ないと主張しました。

GPSを使った捜査をめぐっては各地の裁判所で違法性が争われ、判断が分かれています。最高裁は早ければ来月にも判決を言い渡す見通しで、初めての統一的な判断が注目されます。

今回の捜査では、被告や仲間のほか、被告の交際相手が使用していた車なども監視の対象になりました。

裁判の記録などによりますと、警察は平成25年5月から12月まで、被告などが使っていた合わせて19台の車やオートバイの見えにくい場所に、手のひらに乗る大きさのGPS端末を取りつけ、監視を行いました。

捜査では、警察官が携帯電話からインターネット上の専用のサイトにアクセスして、端末の現在地を検索し、画面の地図上に表示された車などの位置を確認していました。位置を自動的に追跡されることはありませんが、被告の弁護士が端末を貸し出した会社から取り寄せた資料などによりますと、位置情報の検索は1分ごとに行われることもあり、3か月ほどの間に1200回以上調べられていた端末もあったということです。

被告などはGPS端末を取りつけられたことを知らず、仲間がオートバイを修理に出したときに初めて気付いたということです。また、警察がラブホテルの駐車場やコインパーキングといった私有地に無断で立ち入って端末を取り付けていたことや、端末を使ったことを捜査報告書に書かず、検察に伝えていなかったことも裁判の中で明らかになりました。

被告の弁護を担当する亀石倫子弁護士は、警察庁が全国に通知している「犯罪を構成するような行為を伴わないこと」という取りつけのルールに違反していたと指摘しています。

亀石弁護士は「警察に任せておいたら、『保秘の徹底』といって自分たちが作ったルールさえ守らずに拡大解釈して乱用されていく。司法のチェックを受けながら適正に捜査をしてもらいたい」と話しています。

一方、警察は、GPS端末を捜査に使った理由について、被告らが盗難車などを使って広域を移動し、夜間に短時間のうちに犯行に及んでいたことから、通常の尾行や張り込みが難しかったためだと説明していて、今回は、GPS端末を使う必要性が高かったとしています。

GPS端末を使った捜査は、警察庁が通知した運用の要領にしたがって、全国の警察で行われています。警察庁は、平成18年に、捜査員の尾行が困難で、捜査上、特に必要がある場合に使うことができるとした運用の要領を全国に通知しました。

要領では、GPS端末を使った捜査を尾行や張り込みのように令状がなくてもできる「任意捜査」と位置づけています。このため、プライベートな場所に立ち入る捜索や、身柄を拘束する逮捕のような、プライバシーの侵害や行動の自由の制約を伴う「強制捜査」とは異なり、事前に裁判所の令状を取る必要はないとしています。

全国の警察は、この要領に基づいてGPS端末を使用し、車で広範囲に移動して窃盗を繰り返す事件などの捜査で、容疑者の検挙につなげています。

要領の具体的な内容は非公開とされていましたが、先月、GPS捜査をめぐって争われている裁判の中で、警察庁が捜査に影響が出ることを理由に、GPS端末について捜査書類に記載しないことや、取り調べの中で容疑者に端末の使用を明らかにしないことなどを全国の警察に指示していたことがわかりました。

GPS端末を使った捜査が裁判所の令状がいらない「任意捜査」なのか、令状を取って本人に示す必要がある「強制捜査」なのかをめぐっては、裁判所の判断も分かれています。

こうした中、警察庁は、去年9月、任意捜査という位置づけは変えないまま、「令状の取得も1つの適切な方法」と記した文書を全国の警察に送りました。

このうち、千葉県警察本部は、去年、自動車の窃盗事件の捜査で全国で初めて裁判所の令状を取ってGPS端末を取り付けました。千葉県警は、捜査に一定の見通しがついた段階で本人に対してGPS端末の使用を伝えることや、端末を取り付ける際に私有地に無断で立ち入らないことなどを条件に令状を申請したということです。

また、22日、最高裁で行われた弁論で、検察は、最高裁の判決の内容しだいだと前置きをしたうrで、「今後は、緊急の場合を除き、裁判での立証に万全を期する観点から、裁判所の令状が出た場合に絞ってGPS捜査をすることになるものと考えられる」と述べました。

GPS端末を使った捜査の違法性については各地の裁判所で争われていますが、判断が分かれています。

判断が分かれている理由は、GPS端末で居場所を把握される捜査対象者にとって、プライバシーの侵害の程度が小さいのか、大きいのか、解釈が異なっていることです。

プライバシーの侵害の程度が小さいと捉えた場合は、捜査機関が裁判所に令状を申請して許可を得る必要がなく、本人に伝える必要もない「任意捜査」の範囲となり、違法ではないと判断されています。去年7月に言い渡された広島高等裁判所の判決では、GPS端末を使った捜査を「任意捜査」と捉え、その理由として、「車は通常、公衆の目にさらされていて、その位置情報は第三者に知られないことが期待されるようなものではなく、プライバシーとして保護する必要性は高くない」と指摘しました。

一方で、プライバシーの侵害の程度が大きいと捉えた場合は、捜査機関の判断だけで実行することが許されない「強制捜査」となり、令状を取らなければ違法だという判断が示されています。

今回、最高裁で審理されている窃盗事件の1審の大阪地方裁判所は、「強制捜査」と判断したうえで、「GPS捜査は、プライバシーの保護が期待されるような場所でも位置情報を取得できる。尾行の補助手段とは言えず、大きなプライバシー侵害を伴う」と指摘しました。また、別の窃盗事件の判決で、名古屋高等裁判所も「強制捜査」としたうえで、「位置情報を分析することで交友関係や信仰している宗教、思想や趣味などの個人情報を網羅的に明らかにでき、プライバシーを大きく侵害する危険性がある」という判断を示しました。

さらに、「強制捜査」と捉えた場合、捜査機関や国がとるべき対応についても判断が分かれていて、大阪地裁は「令状を取ることを検討すべきだった」と指摘した一方、名古屋高裁は「GPS捜査に関する新たな法律を作ることを検討すべきだ」としています。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20170223#1487847137